最高裁判所第一小法廷 昭和36年(オ)114号 判決 1964年1月23日
判 決
東京都中央区西八丁堀四丁目六番地
上告人
株式会社ヤクルト本社
右代表者代表取締役
永松昇
右訴訟代理人弁理士
築平二
東京都千代田区三年町一番地
被上告人特許庁長官
佐橋滋
右当事者間の審決取消請求事件について、東京高等裁判所が昭和三五年一一月八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人築平二の上告理由第二点、第四点、第五点および第八点について。
本願商標は、(1)「ヤグルト」の片仮名文字を楔形文字風の書体で縦書したもの(原審七〇号、第六二号事件)、(2)「YAGULT」のローマ文字をゴシツク体風の書体で横書したもの(原審第六一号、第六八号事件)、(3)「ニユーヤグルト」の片仮名文字をゴシツク体風の書体で横書したもの(原審第六四号、第六五号事件)、(4)「ネオヤグルト」の片仮名文字をゴシツク体風の書体で縦書したもの(原審第七二号、第七一号事件)、(5)「ネオヤグルト」の片仮名文字を楔形文字風の書体で縦書したもの(原審第六七号、第六〇号事件)、(6)「NEO YAGULT」のローマ文字をゴシツク体風の書体で横書したもの(原審第六六号、六九号事件)、(7)「酵素ネオヤグルト」の漢字および片仮名文字を一連に同一の書体で縦書したもの(原審第八〇号、第八一号事件)からなるというのである。
ところで、「ニユー」または「ネオ」ないし「NEO」の文字は、いずれも新らしいという意味をもつものとして一般世人に理解されている形容詞であることは公知の事実であり、また「酵素」なる文字も商品の品質を現わすものであるから、これらの文字を冠した本願商標の要部は、「ヤグルト」または「YAGULT」の文字にあるものと認むべきである。そこで、「ヤグルト」およびこれと同一の発音を生ずる「YAGULT」と原審決引用の「ヨーグルト」とを称呼の点から比較対照すれば、両者はその音感の最初において「ヤ」と「ヨー」との差異はあるが、いずれもヤ行に属する近似音であり、しかも通常余韻が最も強く印象され易く長く残存する後尾の部分が両者とも全く同一であるから、両者の全体的な語感、印象は可成り紛わしいものであるといわなければならない。そして、かような称呼の近似性は、近来の簡易迅速をたつとぶ取引社会にあつては、彼此混同を生ずしめる虞れがあるから、両者はその称呼の点において類似するものと認めるのが相当である。
所論引用の大審院判決は、いずれも、それと事案を異にする本件には適切でない。
されば、叙上と同趣旨に出た原審の所論判断は正当であつて、その過程に所論の違法を見い出し難く、論旨は、すべて採用することができない。
同第一点、第三点、第六点、第七点、第九点および第一〇点について。
原審の確定した事実によれば、前示「ヨーグルト」なる称呼は一種の乳酸菌飲料を現わす普通名称となつているが、本願各商標の指定商品たる乳酸清涼飲料類および乳酸菌飲料も、商品ヨーグルトとともに、大体同様の目的で飲用に供され、またその販売態様も瓶詰にしたものを主として家庭配給の方法で行われており、これがため、上告人が「ヤクルト」の商標を使用してその商品を販売している現在においても、一般世人の中にはヤクルトとヨーグルトとを同一物と考えている者があるというのであり、原審の右認定は、その挙示の証拠に照らして首肯できる。
しかして、かかる事実関係の下においては、本願各商標をその指定商品たる乳酸清涼飲料類または乳酸菌飲料(但し、ヨーグルトを除く。)に使用した場合、世人をして商品ヨーグルトとの間に品質の誤認を生ぜしめる虞れがあるものとした原判決の判断は正当である。もつとも、本願各商標(但し、原審第七二号事件のものを除く。)が前記「ヤクルト」の文字からなり、またはそれを要部として構成される商標の連合商標として登録出願されていることは、記録によつて明らかであるが、連合商標は被連合の基本たる商標に附随するものではなく、これと全く独立した内容を有するものであるから、出願にかかる連合商標に商品の誤認を生ぜしめる虞れがあるかどうかは、専ら、当該連合商標自体について決定すべきであつて、その連合商標の基本たる商標との関係によつてこれを決定すべきではない(昭和三六年六月二七日第三小法廷判決、民集一五巻六号一七三〇頁参照)。従つて、所論のごとく、本願各商標の要部たる「ヤグルト」または「YAGULT」の称呼、観念が「ヨーグルト」よりもむしろ基本商標の「ヤクルト」に近似するとしても、また、上告人が右「ヤクルト」の商標のもとに古くから販売している一種の乳酸菌飲料が現在では全国に普及していて、本願各商標をその指定商品に使用すれば、取引者および需要者がそれを上告人の新製品と観念することは必定であるとしても、これらの事情は、前叙判断を左右するに足らないものといわなければならない。
されば、原審の所論判断は正当であつて所論の違法は、ひつきよう原審にまかされている証拠の取捨、選択を非難するか、右に反する独自の見解に立脚してその違法をいうに過ぎず、いずれも理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 下飯坂 潤 夫
裁判官 入 江 俊 郎
裁判官 斎 藤 朔 郎
裁判官 長 部 謹 吾
上告代理人築平二の上告理由
第一点 原判決は
(一) 本願商標が
(1) 「ヤグルト」の片仮名文字を楔形文字風の書体で縦書して成るもの(第七〇号、第六二号事件)
(2) 「YAGULT」の羅馬文字をゴシツク体風の書体で横書して成るもの(第六一号、第六八号事件)
(3) 「ニユーヤグルト」の片仮名文字をゴシツク体で横書して成るもの(第六四号、第六五号事件)
(4) 「ネオヤグルト」の片仮名文字をゴシツク体風の書体で縦書して成るもの(第七二号、第七一号事件)
(5) 「ネオヤグルト」の片仮名文字を楔形文字風の書体で縦書して成るもの(第六七号、第六〇号事件)
(6) 「NEO YAGULT」のローマ文字をゴシツク体風の書体で横書して成るもの(第六六号、第六九号事件)
(7) 「酵素ネオヤグルト」の漢字及び片仮名文字を一連に同一書体で縦書して成るもの(第八〇号、第八一号事件)
の七種の構成態様であり
そしてそれぞれのうちの一が第四〇類乳清涼飲料類を指定商品とし(前記各括孤内の前者の分)他が第四六類乳酸菌飲料を指定商品とするもの(前記各括孤内の後者の分)であり
(二) 「ヨーグルト」なる商品は牛乳、羊乳、山羊乳等(わが国では普通牛乳)にある種の乳酸菌を作用させて醗酵凝固させた一種の醗酵乳(いわゆる乳酸菌飲料の一種)で世上に広く普及販売されており「ヨーグルト」はその商品の普通名称として一般に認識されている。
(三) 本願各商標を構成しまたはこれに含まれる「ヤグルト」およびこれと同一の発音を生ずる「YAGULT」と前記「ヨーグルト」の両者の発音が第一音において「ヤ」と「ヨー」の差異があるがともに四音から、成り、他の三音は全く同一であり第一音の「ヤ」も「ヨー」もヤ行に属する近似音であつて前記両者を発音した場合は聴者に与える印象はかなりよく似ており、相紛らわしいものとし
(四) 本願各商標の指定商品が乳酸清涼飲料類および乳酸菌飲料で商品「ヨーグルト」が一種の乳酸菌飲料でこれはいづれも大体同様の目的で飲料に供され、なおその販売の態様も商品「ヨーグルト」がびん詰にしたうえ主として家庭配給に販売され
原告が「ヤクルト」と名づけて販売している本願各商標の指定商品に該当する商品は一種の乳酸菌飲料であり、びん詰にして主として家庭配給されると認定したが「ヨーグルト」とは全く別種のものとし
これ等の事実を総合し、原告が本願商標中の「ヤグルト」または「YAGULT」の文字から成る商標をその指定商品である乳酸清涼飲料類に使用した場合には、世人をしてその商品の品質を「ヨーグルト」を誤認させるおそれが相当あるものとした。
而し原判決認定のように本願各商標の指定商品が乳酸菌飲料及び乳酸清涼飲料類であり且つ商品「ヨーグルト」が一種の乳酸菌飲料であるとする以上本願各商品が商品「ヨーグルト」と全く別種のものであるとの結論はでてこないし
又原判定の認定によれば両者が共に一種の乳酸菌飲料でこれらはいづれも大体同様の目的で飲用に供され、その販売の態様も商品「ヨーグルト」がびん詰にしたうえ、主として家庭配給によつて販売され又「ヨーグルトは」その商品の普通名称として一般に認識されていることは公知の事実であると認定したことを綜合すると本願商標がその指定商品との関係においては、本願商標の「ヤグルト」、「YAGULT」、「ネオヤグルト」(これを楔形文字風に変形した商標をも含む)「NEO YAGULT」、「ニユーヤグルト」「酵素ネオヤグルト」と称する商品「ヨーグルト」として観察することからして仮にその商標構成が原判決のように「ヨーグルト」と近似するとしても他人が「ヨーグルト」の登録商標を有し又は「ヨーグルト」の商品が特定人の商標として著名にして商品の出所を混同するとの理由ならいざ知らず、商取引の通念からは本願商標をその指定商品に使用した場合、世人をその商品の品質を「ヨーグルト」と誤認させるおそれはあり得ないからこの点からして原判決理由不備の不法があるものと謂うべきである。
第二点 原判決は第一点で摘示したように本願各商標を構成し又はこれを含まれる「ヤグルト」およびこれと同一の発音を生ずるものと認めるべき「YAGULT」と前記「ヨーグルト」の両者の発音は「ヤ」と「ヨー」の差異があるがともに四音から成り他の三音は全く同じ同一音の「ヤ」も「ヨー」もヤ行に属する近似音で前記両者を発音した場合に聴者に与える印象はかなりよく似ており相紛わしいとし
又上告人主張の「ヨー」が長音であるうえにその音に「アクセント」があるのに反し、「ヤ」は短音であるうえアクセントがないから全体としての音声、語調は截然たる差異があるとしたのに反し、「ヨーグルト」の「ヨー」が一般的に特に強く発音されるということはなく、「ヤグルト」の発音にしても「グ」が常に強く発音されるともかぎらないのであつて、(一般に邦語の発音におけるアクセントが外国語に比し不明瞭でまた地方によつて全く逆の場合もある)としてこれを排斥したが
而し本願各商標は
(1) 「ヤグルト」の片仮名文字を楔形文字風の書体で一連に同一書体で縦書して構成せられ(第七〇号、第六二号事件別紙添附の商標見本御参照)
(2) 「YAGULT」のローマ文字をゴシツク体風の同一書体で一連に横書して構成せられ(第六一号、第六八号事件別紙添附の商標見本御参照)
(3) 「ニユーヤグルト」の片仮名文字をゴシツク体の同一書体で一連に横書して構成せられ(第六四号、第六五号事件別紙添附の商標見本御参照)
(4) 「ネオヤグルト」の片仮名文字をゴシツク体風の同一書体で一連に縦書して構成せられ(第七二号、第七一号事件別紙添附の商標見本御参照)
(5) 「ネオヤグルト」の片仮名文字を特に変形した楔形文字の同一書体で一連に縦書して構成せられ(第六七号、第六〇号事件別紙添附の商標見本御参照)
(6) 「NEO YAGULT」のローマ文字をゴシツク体風の同一書体で一連に横書して構成せられ(第六六号、第六九号事件別紙添附の商標見本御参照)
(7) 「酵素ネオヤグルト」の漢字及び片仮名文字を同一書体で一連に縦書して構成せられ(第八〇号、第八一号事件別紙添附の商標見本御参照)
かような本願商標の構成において「ヤグルト」又は「YAGULT」は格別他のすべてが第一音において原判決のように「ヨーグルト」と「ヤ」と「ヨー」の差異がありともに四音より成るものと考えられ他の三音は全く同じであると断定できない筈であるし又上記「ヤグルト」又は「YAGULT」を含めて本願商標のかような構成においては
(1)(2)の場合は「ヤグルト」、「YAGULT」は共に「ヤグルト」と「グ」が強く濁音で発音せられ、又第一音の「ヤ」は短音でアクセントがなく軽く発音されるのに反し「ヨーグルト」は「ヨー」は長音であるうえにその音のアクセントが「ヨー」である差異があることは明白であり
(3)は「ニユーヤグルト」と一連に称呼され、この場合「ヤ」は第三音で第一音ではなく又「グ」が強く濁音で発音せられ「ヤ」は短音でアクセントがなく発音されること(1)、(2)と同じであり
(4)(5)の場合は「ネオヤグルト」と一連に称呼され、この場合も「ヤ」は第三音で第一音でなく又「グ」が強く濁音で発音せられ「ヤ」は短音でアクセントがなく発音されること(1)(2)と同じである。
(6)の場合は「コーソネオヤグルト」と一連に称呼され「ヤ」は第五音で第一音でなく又「グ」が強く濁音で発音せられ「ヤ」は短音でアクセントがなく発音されること(1)(2)と同じである。
かように観察するにおいては仮に「ヤ」も「ヨー」もヤ行に属する近似音としても本願各商標と乳酸菌飲料の普通名称である「ヨーグルト」は全体として聴者に与える印象は相紛しくないものとすべきが商取引の通念であるところ
原判決は漫然「ヨーグルト」の「ヨー」は一般的に特に強く発音されるということはなく「ヤグルト」の発音にしても「グ」が常に強く発音されるともかぎらない(一般に邦語の発音におけるアクセントは外国語に比し不明瞭でまた地方によつて全く逆の場合もある)として上記原告の主張を排斥したのは本願各商標構成について具体的にその素因を審理しないし又商取引の実験則をも看過しているものと謂うべきであるから原判決は審理不尽と実験則違背との不当があるものと謂うべきである。
第三点 旧商標法第二条第一項第十一号の規定でいう商品の品質の誤認とはその商標の構成とこれを使用する商品との間における不実関係であつて商標の特別顕著性又は他の著名登録商標又は商標の類否から来る菌品の出所の混同から来るものでもない。
按ずるに原判決は本願各商標の要部を「ヤクルト」または「YAGULT」の文字であるとしてもまた本願商標中「ヤグルト」または「YAGULT」の文字に「ニユー」、「ネオ」、「NEO」の文字を冠した商標の「ニユー」という語は新しいという意味をもつ語として一般世人に広く理解され、もはや国語化した語ともいえるし、「ネオ」、「NEO」という語は右の「ニユー」のように広く理解されていないがこれと同時の意味をもつ語として薬品その他の商品に使われることも少なくないことは公知の事実でこれ等文字を「ヤグルト」または「YAGULT」の文字に冠した場合でも両者は意味のうえからは接続語的な働きをもつだけであり更に「ヤグルト」の文字に「酵素ネオ」の文字を冠した商標についても酵素が化学上いかなる物質でいかなる作用をするものであるかについての正確な知識がないとしてもこれから発音をしてはならないという理由にはならないし、殊に原判決が両者の発音した場合に聴者に与える印象が相紛らわしいとして本願商標と商品「ヨーグルト」との間に商品の品質の誤認を生ずると謂うからには全体として商品「ヨーグルト」との商品の不実関係を決すべきでその要部だけによつて決すべきでないから著名商標による商品の出所の混同又は特別顕著の有無の問題は明らかに異なるからこれは当然の理でありまた本願各商標の指定商品は何れも「ヨーグルト」と同じく乳酸菌飲料であることからすれば本願各商標をその指定商品に使用しても商品「ヨーグルト」を否定することにはならないから本願各商標をその指定商品との間に不実関係は生じないし又「ヨーグルト」との品質の誤認を生ずるおそれもないと謂うべきであるから原判決は旧商標法第二条第一項第十一号の規定の解釈を誤り本事案に適用した不法があるものと謂うべきである。
第四点 原判決で「ヨーグルト」の「ヨー」が一般的に特に強く発音されるということはなく「ヤグルト」の発音にしてもグが常に強く発音されるということもかぎらないし一般に邦語の発音におけるアクセントは外国語に比し不明瞭でまた地方によつて全く逆の場合もありと謂い「ネオ」、「NEO」とが薬品以外(薬品のこの事例のあるのは争わない)のその他の商品の名称の冒頭に使われることは公知の事実であると謂う認定をしているがこれはいかなる証拠に基いて認定したか不明である。
而して上告人はこの事実は不知であり特に本願各商標の指定商品にはこの事例が全然ないことを確信するものである。従つて原判決は証拠に基かないで事実を認定して本案に適用した不当がある。
第五点 原判決は「ヤグルト」の文字に「酵素ネオ」の文字を冠した商標仍ち「酵素ネオヤグルト」の文字を一連に同一書体で縦書して構成された商標(第八〇号、第八一号事件別紙添附商標見本御参照)について酵素が化学上いかなる物質でいかなる作用をするものであるかについての正確な知識がなくても「ヤグルト」が右商標の要部である以上新しい一種の「ヨーグルト」と誤認されやすいと認定した。
而し上記「酵素ネオヤグルト」の文字を一連に同一書体で縦書して構成した商標においてもなお「ヤグルト」の文字が要部であると断定する何等の説示もなくそして酵素が化学上いかなる物質でいかなる作用するものであるかについて正確な知識がなければ却つて商品「ヨーグルト」とは商品の品質の誤認を生ずるおそれはないとすべきであるに拘らずこれについても首肯できる何等の説示もない。
従つて原判決は審理不尽及び理由遺脱の不法があるものというべきである。
第六点 上告人が古くから「ヤクルト」の文字から成りもしくはこれを要部として成る商標の登録を受けてその商標のもとに上告人の販売している商品を全国的に普及し「ヤクルト」といえばただちに上告人の商品と観念されるほど宣伝、広告をしていることを認められた点については上告人が深く感謝するところであるがため商品「ヨーグルト」よりも本願各商標によりよく近似することは顕著な事実であるからすれば需要者および取引者の一般は「ヤクルト」の新種の製品と観念し却つて商品「ヨーグルト」と商品の品質を誤認しないことが商取引の実験則であると謂わなければならない。
本願各商標も「ヤクルト」の声価高まるのを利用する業者が現われ粗悪な乳酸菌飲料につきこれを使用し販売したことからその公衆衛生的見地と相俟つてその登録出願した事実からしても充分に察知できるところである。
果して然らばこれに反する原判決の認定はこの商取引の実験則を無視したかまたは看過した不当があると謂うべきである。
第七点 原判決は「ヤクルト」を「ヤグルト」と呼んでいる者も相当あるがこれは発音上容易であることや、一般に「ク」のような清音を濁音で発音する地方もあることによるもので少なくとも実際には右の商品を購入して飲用している者は容器に付した商標によつて「ヤクルト」が正確な称呼であることを了解し大半の者が「ヤグルト」とは呼んでいるわけではないから商品「ヨーグルト」と商品の誤認のおそれのあることに消長を及ぼすものでないと認定した。
而しかような事例の存することは世人が「ヤグルト」を商品「ヨーグルト」と商品の誤認を生じまたは生ずるおそれのないことを雄弁に物語るものと謂うべく
殊に商品「ヨーグルト」については特定人の製品でもなく又登録商標でもなく又特定人の商標として著名でもないし且つ本願各商標と同じ乳酸菌飲料の普通名称であるから仮に「ヤクルト」よりも「ヤグルト」の発音があることや一般に「ク」のような清音を濁音で発音する地方があり又飲用者が正確な称呼を了解し且つ大半がさうように呼んでいないとしても上記事実と相俟つて本願商品「ヨーグルト」と品質の誤認を生ずるおそれはないというべきであるから原判決はこの実験則を無視した理由不備の不当があるものと謂うべきである。
第八点 原判決が本願各商標の要部は「ヤグルト」、「YAGULT」の文字にありとし「ヨーグルト」と発音した場合に聴者に与る印象はかなりよく似ており相紛わしいとしたことに帰着し従つて二個の商標の称呼が類似であるとしたのにある。
ところが二個の商標の称呼の類否を判定するに当つては単に発音の近似することを唯一の標準とすべきでなく発音が近似しても取引上用いられる音の長短其の他の音調の差異により一般引上普通の注意を以つて容易にこれを判別できるか否かを審理しなければならない。そして本願各商標と上記商品名「ヨーグルト」とを比較するに両者は何れにしても其の外観及び観念において何等類似の点のないことはその構成自体からしては勿論これについて何等原判決には説示しないことで明らかであり仮に原判決認定のように本願各商標の要部を「ヤグルト」又は「YAGVLT」の文字にあて共に「ヤグルト」と発音されるとしても上述したように「ヤグルト」と「ヨーグルト」とは前者の冒頭が「ヤ」は短音であるうえアクセントがないのに反し、後者が冒頭が「ヨー」と長音であるうえにその音にアクセントがあり又前者の「グ」は冒頭の「ヤ」と相俟つてその配列によつて強く発音されるうえにその音にアクセントがある。又両者が語義を異にすることもその構成上は勿論原判決でも何等の説示のないことから明らかである以上これがため音調においても差異が生ずることを保し難い従つて両者が如何なる音調を以て称呼されるかを審理しその異同を明らかにしなければ其の判定ができない筈である。然るに原判決は単に両者は称呼の発音が近似する故を以て両者がよくにて発音上相紛わしいとしたのは審理不尽の違法があるものと謂うべきである(昭和一五年(オ)第五六号同年一一月六日民集第一九巻二〇二四頁御参照)。
而して上告判例では「ナンコウ」と「ナンコ」との商標を称呼上非類似とし又別の判例(昭和一五年(オ)第七九六号同一六年二月一三日新聞四六八二号八頁)では「イカリ」と「ヒカリ」との商標が混同し聴き誤るようなことが全くないものと認定している。
第九点 原判決は本願各商標の指定商品と商品「ヨーグルト」とは共に一種の乳酸菌飲料でありこれはいづれも大体同様の目的で飲用に供されその販売の態様も商品「ヨーグルト」がびん詰にしたうえ主として家庭配給によつて販売していることは公知の事実であり原告が「ヤクルト」と名づけて販売している本願各商標の指定商品に該当する商品(一種の乳酸菌飲料であるが「ヨーグルト」とは全く別種のものであることは弁論の全趣旨により明らかである)と謂いまたびん詰にして主として家庭配給によつて販売されていることからすれば両者共同種のものと謂うべきであるのに拘らず原判決がこれを全く別種のものであると認定したのは明らかにその理由にそごがあるものと謂うべきである。
第十点 抑商標登録制度は自他商品を区別して商品の出所の混同を防止して取引の安全と不正競争の防止を図ることを目的とするものにして同一の商品に使用する自分の商標に類似の商標、類似の商品に使用する自分の商標に類似の商標については連合の商標として登録することにして(商標法第七条)前記目的の万全を期している。
而して上告人が古くから「ヤクルト」の文字から成りもしくはこれを要部として成る商標の登録を受けてその商標のもとに上告人の販売している商品を全国的に普及し「ヤグルト」といえばただちに上告人の商品と観念されるほど宣伝、広告をしていることを認められた点については上告人が深く感謝するところであるがこれがあるため商品「ヨーグル」よりも上記「ヤクルト」の登録商標に本願各商標によりよく近似している。ところが「ヤクルト」の声価が高まると本願各商標を使用して粗悪な乳酸菌飲料を販売したことから上告人は自他商品の出所の混同を防止し取引の安全とその公衆衛生的見地と相俟つて本願各商標の登録出願をするに到つたものである。
ところでこの不正競争者が使用した本願各商標が乳酸菌飲料の普通名称である「ヨーグルト」と商品の誤認を生ずるおそれがあるとすると商標登録制度の目的である商品の出所の混同を来たし取引の安全は害せられ不正競争の防止は助長せられて商標登録制度は破壊されるに到ることは必至であることは明らかである。
この不合理を除去するためには本願各商標を上告人の上記著名な「ヤクルト」の連合商標としてこそ商標制度の趣旨に副う所以である。
かような趣旨と又上告理由によつて本願各商標がその指定商品の普通名称である「ヨーグルト」と商品の品質の誤認を生ずるおそれがないと相俟つて旧商標法第二条第一項第十一号の規定の趣旨に適合するものとすべきに拘らず原判決がここに出でなかつたのは畢竟旧商標法第二条第一項第十一号の規定の趣旨を没却したか又はこれを不当に拡大して解釈した本事案に適用する不法があるものと謂うべきである。 以 上
(附属書類省略)